中山競馬場北側・北藤商店会

北藤商店会概要

団体名 北藤商店会(英訳名:kitafuji business circles)
設立 昭和35年(1960年)設立
代表者 北藤商店会
所在地 〒273-0047
千葉県船橋市藤原1-5-9
047-339-3300
主な事業内容 加盟店の事業発展と地域貢献
加盟店数 40店(2008年5月30日現在)
加盟店概要 物品販売  12
飲食業   19
サービス  9
ホームページ http://www.kitafuji.com/
E.mail info@kitafuji.com

沿革 

 江戸時代、江戸と水戸藩を結ぶ物流を担っていた木下街道の拠点に位置しており、高台と起伏のため街道の難所であった。
2キロ程手前からはじまる木下街道の出発点は日蓮総本山・中山法華経寺があることからこの地域は「法典が原」と呼ばれていた。法典が原の難所を乗り切るための荷物を運ぶ手伝い人足が必要になり、地元や浦安方面などから人が住むようになっていった。

幕府が日本政府になってからは木下街道に人力鉄道なるものが引かれたりしたが本格的な鉄道路線には至らなかった。
戦前より近郊各所に軍の施設が出来ることによる開発に伴い次第に人が住むようになる。
太平洋戦争の無電「ニイタカヤマノボレ」と「トラトラトラ」の電波を送受した行田の電波棟は良く知られている。
(現在は団地と公園になっています)

戦後、軍事施設は住宅や公共施設などになり、都内への通勤可能な住宅地が出来て行くに連れ、自然と商店街が形になる。
そこで故小野由太郎氏が中心となり、商店会としての組織設立準備が進められ、昭和35年(1960)に北藤商店会が発足致した。

その後、JRA中山競馬場が隣接、競馬場と共に従事者の住居も当然のごとく隣接したことで商店会最大の発展を迎える。
昭和55年を機に、規模が大きくなったJRAが、競馬場本体以外の諸施設を茨城県美浦村へ移設し始めると商店会も徐々に縮小していく。
丁度時を同じくして、JR武蔵野線が(昭和53年)新松戸−西船橋間延伸開業したことにより、町ははっきりと東京のベットタウンに変わり始め「北藤商店会は安泰」かと思われたが、住民が順調に増え続けると同時に世の中が週休二日制となり車を基本とする生活に変わってゆき、日々の買い物を週末に家族揃って郊外の大型店舗で1週間分まとめて買い物をし食事も済ませる、いわゆるアメリカンスタイルに変わって行く。
ターミナル駅からひとつと云う立地に恵まれ急激に人口は増えていったが、その立地が逆に地元で買い物をしなくても良い環境になっているのである。

 

これから・新しい価値の創造に挑戦

 交通の要としての北方十字路は、逆に交通渋滞を生むこととなり北方十字路が基点の北藤商店会は徐々にその精彩を欠いてゆくのでしょうか?
多くの商店会がそうである様に北藤商店会も大変厳しい環境下にあります。
大型店などのチェーンストア、ネット通販などの電子商取引など商品の流通経路が大きな変化を遂げるに従い、商店会も変貌を遂げなければなりません。

 

地域のみなさまと共に

 私たち北藤商店会は大型店に不得意な、きめの細かいサービス、同じ地域に暮らす住民同士だから解り合える心の通うおつきあいを通して、地域のみなさまと一体となり、共に住みよい街づくりを目指します。 
新しく居住された方々にも是非この町を故郷にしていただける様、一生懸命がんばって行く所存でございます。
今後とも皆様のご指導とご支援よろしくお願いいたします。
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